コム朝日記

廉価食パンについての哲学

22章犯罪の論点

強制わいせつ罪の「わいせつな行為」

①徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ②普通人の正常な性的羞恥心を害し③善良な性的道義観念に反すること(大阪高判S29・11・30など)

客観的構成要件該当性の問題であるから,②の基準は一般人である。

 

迷惑防止条例にいう「卑わいな言動」とは,「社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな言語または動作」をいう。これと,柱書の「公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し、正当な理由がないのに、著しくしゅう恥させ、又は不安を覚えさせる」とをあわせてみると,判例上の「わいせつ」の定義①には達しないレベルであっても,「卑わいな言動」に該当する場合があることになる。

 

強制わいせつ罪の暴行・脅迫

 本罪の保護法益は,被害者の性的自由・性的自己決定権であるから,構成要件該当行為としては,相手方の意思に反していることの外形的保障が求められる。

 そこで,①原則として相手方の反抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫がであることを要するが,②暴行自体がわいせつ行為に該当する場合(性的暴行)については,程度の差を問わず,性質上当該行為それ自体が相手方の意思に反することを外形的に保障するといえるから,この場合には犯行を著しく困難にする程度であることは要求されない。

 

①においてはなお暴行・脅迫の一定程度の絶対的強度が要求されている。この点において,強姦罪における暴行・脅迫の要求程度が被害者の具体的状況との関係で相対的に決されることと異なる。

 

わいせつ傾向

(A)外形上性的な行為については,性的意図の併存が認められようから,実際上問題とはならない。

(B)これに対し外形上は性的ではない行為について,わいせつ傾向という内心を決め手に処罰するのか否かが,この要件の要否をめぐる実質的対立点ということができる。

※しかし,「外形上性的でない」ケースは,そもそも「わいせつな行為」という客観的構成要件に該当しないのではないか?

 

致死傷罪

 181条の趣旨は,強制わいせつ等の犯罪遂行過程では,暴行強迫が継続的・断続的に加えられやすいことから,これらを加重処罰することで法益を保護する点にある。加えて,「の罪…を犯し」という181条1項の文言から,致死傷の原因行為は各基本行為よりも広い概念として解釈することが可能である。

 そこで,致死傷の原因行為は,時間的場所的接着性,意思の同一性から,わいせつ行為の危険性が発現した一体的行為と認められる行為を含むと解する。

 ※わいせつ・姦淫意思の継続性までは不要である(最決平20・1・22)。

 

 

 

共謀共同正犯

枠組み

 共同正犯(刑法60条)の法効果である一部実行・全部責任の根拠は,当該犯罪を,❶自らの犯罪として❷共犯者と相互に利用・補充し合って実現する点に求められる。

 とすれば,形式的には実行行為そのものを行っていない者であっても,①当該犯罪を共同実行することについての意思連絡のもと犯意思をもって実行行為に匹敵しまたはこれに準ずるような重要な役割をはたしたときには④いずれかの共謀参加者が①に基づき実行行為を行ったことをもって,共同正犯の成立を認めることができる。

 

根拠論

 一部実行・全部責任の根拠として,「❶自らの犯罪として行うこと」を挙げておかなければ,要件論において「正犯意思」を設定する根拠に欠くことになってしまうと考えられる。

 また,「❷相互利用補充関係」は,因果性などの概念に置き換えることも可能だと思われるが,③の要件設定の前提としては特に問題がないと思われる。

 

要件②③の二元化

 「重大な寄与」に該当する客観的事実を,「正犯意思」認定のための間接事実として用いるという構成も考えられるが,客観的には重大な寄与を認めざるを得ないが,自己の犯罪として行っているわけではないという事例のもとにあっては,「正犯意思」に要件を統合するよりも,客観要件と主観要件を区別して枠組み設定しておいたほうがあてはめがしやすいと考えられる。

 行為者の内心いかんで共同正犯か従犯かが決定されるのは不当とも考えられるが,判例の事案処理を前提とする限り,この観点は甘受しなければならないと考えられよう。

出資の履行の仮装

払込みの有無(仮装性)

最三小判平3・2・28〔会社百選103〕

 前記認定によれば、右1ないし3の各払込は、いずれもAの主導の下に行われ、当初から真実の株式の払込みとして会社資金を確保させる意図はなく名目的な引受人がA自身あるいは他から短期間借り入れた金員をもって単に払込みの外形を整えた後、Aにおいて直ちに右払金を払い戻し、貸付資金捻出のために使用した手形の決済あるいは借入金への代位弁済に充てたものであり、右4の払込みも、同様の意図に基づく仮装の主込みであって、A名義の定期預金債権が成立したとはいえ、これに質権が設定されたため、BがKに対する借入金債務を弁済をしない限り、Aにおいてこれを会社資金として使用することができない状態にあったものであるというのであるから、1ないし4の各払込みは、いずれも株式の払込みとしての効力を有しないものといわなければならない(最高裁昭和三五年(オ)第一一五四号同三八年一二月六日第二小法廷判決・民集一七巻一二号一六三三頁照)。

 もっとも、本件の場合、AがFに対する一〇億円及びBに対する五億円の各債権並びに一億円の定期預金債権を有している点で典型的ないわゆる見せ金による払込みの場合とは異なるが、右各債権は、当時実質的には全く名目的な債権であったとみるべきであり、また、右定期預金債権はこれに質権が設定されているところ、BにおいてKに債務を弁債する能力がなかったのであるから、これまたAの実質的な資産であると評価することができないものである。

 したがって、公正証書原本不実記載の罪の成立を認めた原判決の判断は正当である。

 

募集株式の発行等の効力

 募集株式の引受人が出資の履行の仮装を行った場合,当該引受人は,当該募集株式について引き続き払込金額の支払義務を負う(会社法213条の2第1項)。この出資の履行をするまでは,株主の権利を行使することはできない(209条2項)。

 これは,出資の履行の仮装の場合,外形上は払込みがあることから出資の履行をしない引受人の失権に関する208条5項を適用せず,当該引受人が募集株式の株主になるとしたうえで,引受人は出資の履行をするまでは株主権の行使ができないという,仮装払込み人に対する一種の制裁であると考えることができる*1*2

 したがって,募集株式の発行等は有効であることになる。

*1:野村修也

*2:仮装払込みにかかる株式の譲受人についての209条3項は,善意・無重過失の譲受人には仮装払込人に対するような制裁は妥当しないことから株主権行使を認めるものであると考えられる。他方,悪意又は重過失の譲受人は,自身ないし譲渡人たる仮装払込人による出資の履行があるまでは株主権行使ができないという制裁に服すると考えることができようか

河本フォーミュラ

手形法

【人的抗弁の制限】

第17条

為替手形に依り請求を受けたる者は振出人其の他所持人の前者に対する人的関係に基く抗弁を以て所持人に対抗することを得ず

但し所持人が其の債務者を害することを知りて手形を取得したるときは此の限に在らず

 

定義

 「債務者を害することを知りて」とは,所持人が手形を取得するに当たり,手形の満期において,手形債務者が所持人の直接の前者に対し,抗弁を主張して手形の支払いを拒むことは確実であるという認識を有している状態を指す(河本フォーミュラ)。

 手形債務者は,所持人による支払請求に対して,所持人がかかる認識を有していることを主張・立証する(抗弁)ことにより,手形金の支払いを免れることができる。

 

攻撃防御

請求原因ー手形金請求

抗弁ー17条但書該当性(対抗確実な抗弁事由にかかる認識を有しつつ所持人が手形を取得した事実)

再抗弁ー手形抗弁の確実性を否定する根拠

適用

① 手形の取得に際して,原因関係にかかる契約につき,手形債務者において解除権または取消権が生じていることを,手形所持人が知っていた場合

◆[抗弁]これらの原因事実に関する認識のみで,一般的に抗弁対抗の確実性は充足される。

◇[再抗弁]ただし,このように社会通念上対抗確実な抗弁事由とされる原因事実の存在は認識しつつも,それらが行使されない見込みがあった等,抗弁対抗の確実性を否定する根拠となる個別事情を所持人が主張立証するときは,手形債務者は,所持人の前者に対して有する人的抗弁を所持人に対抗することができない。

 

② 手形の取得に際して,履行期は到来していないが原因債務が未履行であることを,手形所持人が知っていた場合

◇原因債務の未履行という原因事実の認識だけでは足りない。

◆[抗弁]もっとも,当該債務の不履行が確実となる事情という付加的事実を伴ったときには,抗弁対抗の確実性は充足される。

 

③ 手形の取得に際して,手形債務と相殺しうる債権を,手形債務者が所持人の前者に対して有しているという事実を,手形所持人が知っていた場合

◇相殺適状にある債権の保有事実は,それのみでは抗弁対抗の確実性を充足しない。

◆[抗弁]もっとも,手形債務者が相殺の意思を有していたとか,所持人の前者が無資力であるため相殺意外に手形債務者の債権を満足させることが不可能であったといった,相殺が確実に行われると考えられる付加的事実を所持人が認識していれば,抗弁対抗の確実性は充足される。

役員等の善管注意義務違反の認定

① 取締役の具体的な義務の認定

取締役の任務(423条。または「職務」429条)の内容は,法令により定まるとともに,会社の各取締役の間の任用契約により定まる(実務的には,取締役間での職務の分掌・役割分担により各人の主な担当領域が定まる。363条1項を参照)。善管注意義務の具体的内容は,職務の分掌を前提として判断される*1

 ② 義務違反の認定

 損害が発生したという事後の事実から直ちに義務違反ありとする答案は,あまり良い答案ではない。

 より正確に言うと,善管注意義務の違反の有無を検討する際に,そこから生じた結果を一切考慮してはならないということではないが,行為時にそのような結果が生じる可能性がどの程度高いと認識していたか,認識できたか,を問題としなければならないということである。

 意思決定の時点において取締役らが認識していた事実に照らして,取締役らが下した意思決定の内容が著しく不合理である,と論じる答案であれば,一定の評価を得られるであろう*2

 

*1:大杉謙一「事例17(企業不祥事の前と後)」『事例で考える会社法』(有斐閣,2015年)343頁

*2:大杉・前掲書352頁。

犯行計画メモ―東京高判平20・3・27

東京高等裁判所 平成18年(う)第2725号 爆発物取締罰則違反事件 平成20年3月27日

*法教363-133〔演習刑訴・渡辺咲子〕

http://www.meijigakuin.ac.jp/~lawyers/education/img/07Watanabe.jpg

 

 

論旨は,原裁判所は,検察官が,本件各メモを「両アジトで押収したメモの存在・内容等」との立証趣旨で,捜査報告書…を「中核派が本件犯行を予告し,犯行後に自認した事実」との立証趣旨で証拠請求し,弁護人が「異議がある」又は「不同意」との意見を述べたのに,これらを証拠物(非供述証拠)として採用した上,MS実験,飛距離増大化計画,新炸薬「ハート」の開発計画,黒色火薬の製造,新型信管の製造及び大型発射薬室の開発が実在すること,中核派の構成員が本件両事件及び昭和60年の4事件を敢行したことなどを認定して,本件各メモ等をその内容の真実性を立証するために用いているから,上記訴訟手続には,刑訴法320条1項を潜脱するものとして,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある,というのである。

 

原裁判所が本件各メモを証拠として採用した経緯等は所論が指摘するとおりであり,原裁判所は,本件各メモを証拠物(非供述証拠)として採用したにとどまる。したがって,原判決が,本件各メモ等の記載内容が真実であることを前提にして,これに沿った事実を認定しているとすれば,それは刑訴法320条1項を潜脱するものではないかとの疑義が生ずるところである。

 

(1) 刑訴法320条1項の解釈

 本件各メモは,前記のとおり,中核派の非公然アジト…から,その余の多数の証拠物とともに発見・押収されたもので,その中には水溶紙のものもあり,重要な用語には暗号が用いられているなど,捜査機関への発覚防止策が講じられていたものである(押収前に水に溶かされてしまい,記載内容が判読できなくなった水溶紙メモもある。)。

 これらの発見・押収時における状態(所在位置等)及びその存在や形状のほか,暗号も解読されて明らかとなったその記載内容…も,非公然アジトに出入りしていた中核派構成員らによって本件両事件の準備や謀議が行われたことを示す痕跡であり,かけがえのない証拠価値を持つものであって,いわば動かしがたい客観的な原証拠というべきものである。

 たとえ,その作成者(供述者)が公判期日において,その記載内容に沿う供述をしたとしても,その公判供述よりは,メモの記載内容の方がはるかに高い証拠価値を有するのであり,少なくともメモをも併せて証拠とする必要性は決してなくならないのである。そして,本件各メモが本件両事件の準備や謀議の過程で作成されたものであるか否かは,その記載内容をともに押収された証拠物及び他の関係証拠から認められる本件両事件の内容等と比較検討することよって,的確に認定し得るのであって,メモの作成者(あるいは作成者と称する者)に対する証人尋問(反対尋問)によってその作成過程を吟味することには,さしたる意義は存しないのである。

 してみると,このような本件各メモの記載内容は,「作成者の公判期日における供述に代えて」これを証拠とするという性質のものではないのであって,その真実性の立証に用いる(供述証拠として使用する)ことも,刑訴法320条1項によって禁じられるものではない,すなわち,本件各メモは,その記載内容を含めて,同項の制限を受けない非伝聞証拠である,と解するのが相当である

(同項には「321条ないし328条に規定する場合を除いて」と規定されているが,例えば,同項が,被告人の身上関係を立証するためには,本籍地の市長等の証人尋問によるのを原則とし,323条1号により,これに代えて書面である戸籍謄本を証拠とすることも例外として許容しているなどと解するのは,極めて不合理であろう。321条ないし328条に規定される場合のすべてに,原則的には320条の制限が及ぶと解するのは相当でなく,また,同項の文言からして,その制限を及ぼすのが不合理と考えられる書面や伝聞的供述については,もともとこれが及んでいないと解すべきであろう。)。
 付言すると,本件各メモは,水溶紙や暗号の使用からも窺われるように,作成者である中核派構成員らにとっては,捜査機関に押収されたり,内容を解読されたりしては極めて困るものであり,同人らとしても,これらが押収され,解読されれば,自己らにとって致命的な証拠になるであろうことは,覚悟の上であったはずであるし,一般社会人の常識からしても,本件各メモのような証拠は,刑事裁判において,その記載内容を含めて十分に活用できて当然ということになるであろう。

 本件各メモの供述証拠としての証拠能力はないという所論のような法解釈は,社会通念と乖離すること甚だしいと思われる。


(2) 供述書としての証拠能力


 ちなみに,本件各メモの作成者(筆者)については,その一部が,筆跡鑑定等により,被告人,A1及びB1であると推認されるが,その余は中核派構成員の誰であるかは特定されていない。しかも,被告人ら3名とも自らが作成者であることを強く否定しているし,他に作成者であると名乗り出ている者もいない。したがって,本件各メモについては,作成者の証人尋問(被告人質問を含む)は不可能である。

 被告人作成のメモについては,これが任意に作成されたことに全く疑いはなく,虚偽を記載するような情況下で作成されたものとも認められないので,被告人の供述書として同法322条1項により証拠能力を認めることが可能であるし,被告人以外の者が作成したメモについても,作成の任意性や特信情況に問題はなく,作成者の証言が得られないのであるから,同法321条1項3号によりその証拠能力を認める余地もありそうである。

 しかし,本件各メモを「供述書」とみるのは,いかにも不自然であり,これらはその記載内容を含めて,本件両事件がその作成者らを含む中核派構成員による組織的犯行であること及びその作成者らが本件両事件(その準備・謀議過程を含む)に加担したことを雄弁に物語る,動かしがたい客観的な原証拠とみるべきであって,その証拠能力については,やはり上記(1)のように解すべきものと思われる。

 

(3) 非伝聞や伝聞例外とする他の解釈論

 本件各メモについては,包括的に同法320条1項の制限を受けない非伝聞証拠であるとの上記(1)のような解釈をさておくとしても,以下のような解釈ができるのである。


 (a) 心の状態を述べる供述

 本件各メモを,その作成者が,記載された内容の認識,意図,計画,決意を有していたことを認定するために用いる場合には,「知覚,記憶,表現,叙述」という通常の供述過程のうちの「知覚,記憶」の過程を欠く,いわゆる「心の状態を述べる供述」として,伝聞証拠には当たらない(非伝聞証拠である)と解するのが相当である。

 なぜならば,このような供述については,その真摯性が問題となるにすぎず,供述者(メモ作成者)が被告人以外の者である場合でも,反対尋問によるチェックが不可欠とはいえないからである。


 (b) 共犯者間の意思連絡の内容の証明
   共謀者間の意思連絡に用いられたと認められるもの(後記第4の三3の報告書形式のものがその典型)については,共謀者間でその記載内容のとおりの意思連絡がなされたことを証明するには,その記載の存在だけで十分であって,そのような証拠として,共謀者間の共謀の成立過程の認定にも当然に用い得るのである(この場合も非伝聞証拠である)。


 (c) 刑訴法323条3号に該当する書面
 MS実験等の過去の経験的事実を記載したメモは,同法323条3号により証拠能力を有すると解されるので,これによってその記載のとおりの経験的事実(MS実験等)の存在を認定することも許されるのである。

 なぜならば,これらのメモは,MS実験等に立ち会った被告人らが,当時における観察や計測の結果をその都度メモし,作成者において,複数人のそのような走り書きのメモを集約するなどして作成されたものと推認され,供述過程のうちの「記憶」の点の誤りはほとんど考えられない上,悪事の実行に向けて継続的に作成されており,不正確な記載がなされれば悪事の遂行に支障を来すのであるから,同条2号の「業務の通常の過程において作成された書面」に匹敵する程度の高度の信用性を有する書面と評価できるからである。

 なお,MS実験に関するメモには,上記のような走り書きメモを整理する過程のほかに,他のメモを転写したり,参酌するなどして,とりまとめる過程が加わっていると思われる内容のものも存するが,商業帳簿でも転写等の過程は含まれるものが多いのであって,このようなメモについても同様に解してよい

身体拘束の諸問題

総論

1 逮捕・勾留の単位

〔事件単位説〕 身体拘束の基本原理である令状主義(憲法33条)は,「理由となっている犯罪を明示する令状」を要求し,それに基づき刑訴法200条1項,207条1項・64条が被疑事実の要旨及び罪名を令状に記載することを要求していることからすると,逮捕・勾留は,人ではなく事件(被疑事実)を単位とすると考えるべきである。

 事件単位説からの帰結として,

  • 一罪一逮捕一勾留原則
  • 逮捕前置主義における逮捕事実と被疑事実の同一性
  • 勾留延長における他罪考慮の不可

が導かれる。

 

2 「一罪」の基準

《原則》

 身体拘束の単位となる被疑事実の同一性は,原則として,実体法上の一罪の範囲内にある事実であれば認められる。実体法上一罪を構成する事実は相互に密接な関係があるため,それを分割して逮捕・勾留することを認めると,捜査の重複を招き,実質上逮捕・勾留の蒸し返しになる恐れが高いから,それを予防する必要があるからである。

《例外》※一罪一逮捕一勾留原則において問題となる

 もっとも,上記原則の前提として,国家機関がそれらを同時に捜査・処理することが可能であることが求められている。

 そこで,同時処理が不可能であった場合には,上記原則はその前提を欠くから,例外的に被疑事実の同一性を欠くとすべきである。同時処理が不可能な場合としては,A事実による勾留・保釈中にAと実体上一罪関係にあるBが行われた場合のような,同時処理が論理的に不可能な場合に限定すべきである。捜査機関にとって現実的に同時処理が困難であった場合については,それが可能であったか否かの評価は困難であるから,例外に該当しないとすべきである。

 

一罪一逮捕一勾留の原則

1 重複逮捕・重複勾留の禁止(同時的問題)

 同一の被疑事実につき,同時に複数の逮捕・勾留を行うことはできないとする原則である。

 

2 再逮捕・再勾留の禁止(異時的問題)

 同一の被疑事実による逮捕・勾留を繰り返すことは許されないとする原則である。刑訴法は,身体拘束期間を厳格に規律し,重要な基本権侵害である身体拘束処分の無制約な継続を認めていないからである。

 ただし,被疑事実の同一性が認められても,例外的に再逮捕・再勾留が可能な場合がある。 

①逮捕

形式的根拠:刑訴法199条3項は,再逮捕を予定している。 

(1)第一次逮捕が適法である場合

 再逮捕が一切認められないとすれば,法が予定した逮捕段階での捜査機関限りの判断による釈放(法203条1項・205条1項・204条1項)の運用が過度に厳格化してしまう。

 そこで,特段の事情変更が認められる場合は,許されると考える。

 例:釈放後に逃亡・罪証隠滅のおそれが新たに判明した場合 

(2)第一次逮捕が違法である場合(Pが勾留せず釈放した場合)

 (1)における特段の事情変更という要件は充足せず,またあらためて適法な逮捕を行うことにってフルの身体拘束が可能となってしまうと第一次逮捕時点での違法をむしろ誘発することにつながりかねない。

そこで,

・釈放時点で逮捕の要件があること

・当初の身体拘束時点からの時間制限内に勾留請求されることが見込まれること

を条件として,例外的にのみ再逮捕が許容されると考える 

(3)第一次逮捕に極めて重大な手続的違法がある場合

再逮捕は一切認められない。 

②勾留

 逮捕に比べ長期の拘束であり,被疑者に対する基本権侵害の程度は相対的に大きい。そこで,再逮捕の場合よりも厳格に判断すべきである。

ア 特段の事情変更

「著しい事情変更があったために,再勾留を認めても,それが勾留の蒸し返しとはいえない」(川出)

→先行する勾留が期間満了による釈放で終了した場合は×

イ 総じた身体拘束期間が,法定の拘束期間の趣意に反しない合理的な限度にとどまる

「再勾留の必要性と,それにより被疑者が被る不利益とを比較衡量し,再勾留を認めることが相当であるといえる場合」(川出)

→再勾留期間は,勾留裁判官が先行する勾留の拘束期間を勘案し,残存期間を指定する

 

※この場合,再勾留について逮捕前置は不要か。

 

逮捕前置主義

1 根拠・趣旨

  被疑者の勾留には,逮捕手続が先行することが原則である(逮捕前置主義,刑訴法207条1項参照)。

 その趣旨は,

  • 令状逮捕の場合において,身体拘束という基本権侵害処分を逮捕・勾留の二段階に分け,各段階に裁判官の審査を介在させることにより,慎重を期す
  • 比較的短期の拘束である逮捕を先行させ,早期釈放の余地を残すことで,いきなり長期の身体拘束に及ぶことを回避する

の各点にある。

 

2 類型別事案処理

[(逮捕の被疑事実)→(勾留の被疑事実)]

① A→B

 B事実につき,逮捕段階で釈放され勾留されないで済む可能性を奪うことは妥当でないから,許されない。

② A→AB

 A事実については逮捕前置の要請が満たされており,A事実で勾留されることは動かない以上,被疑者が釈放される余地はない。また,B事実による逮捕を略すことは拘束期間の短期化という点で被疑者に利益である。したがって,このような勾留は許される。

③ A(違法)→A

 法は,正当事由なく法定の時間制限に違反してなされた勾留請求を却下し被疑者を釈放しなければならないとしているが(法207条4項但書・206条2項),これは時間制限を超身体拘束の継続が法的根拠を欠く重大な違法状態であり,引き続く勾留請求はこの重大違法の影響を受け無効であることを理由とする。とすれば,これに匹敵するような違法がある場合には,引き続く勾留請求も違法性を帯びた無効な手続とみて,却下すべきである。

 また,法は逮捕に関する準抗告の制度を提供していない(429条参照)ことから,勾留請求の段階において,これに先行する逮捕手続や被疑者の身体拘束に係る状況の適法性の審査を行うべきである。

 さらに,勾留において先行手続の違法が斟酌されないとすると,逮捕段階での法軽視姿勢を誘発するおそれがある。

 そもそも,逮捕が違法であれば勾留請求を認めない場合があるとすることにより,将来の違法逮捕を抑止することが可能となる。そして,どのような場合に勾留を認めないとするかは,違法逮捕抑止の必要性と,勾留を認めないことによる不利益との比較衡量によることになる。

 以上から,個々の事案に応じ,「捜査機関の主観的意図,態様,被疑者の権利侵害及びその危険性の程度等を考慮して」(宮本),あるいは逮捕の基本的要件・手続を潜脱するような重大明白な違法があるときには(酒巻),これに引き続く勾留請求は,却下されるべきである。

 

※参照

宮本康博「逮捕前置の意義」(争点)

酒巻・刑訴