身体拘束の諸問題
総論
1 逮捕・勾留の単位
〔事件単位説〕 身体拘束の基本原理である令状主義(憲法33条)は,「理由となっている犯罪を明示する令状」を要求し,それに基づき刑訴法200条1項,207条1項・64条が被疑事実の要旨及び罪名を令状に記載することを要求していることからすると,逮捕・勾留は,人ではなく事件(被疑事実)を単位とすると考えるべきである。
事件単位説からの帰結として,
- 一罪一逮捕一勾留原則
- 逮捕前置主義における逮捕事実と被疑事実の同一性
- 勾留延長における他罪考慮の不可
が導かれる。
2 「一罪」の基準
《原則》
身体拘束の単位となる被疑事実の同一性は,原則として,実体法上の一罪の範囲内にある事実であれば認められる。実体法上一罪を構成する事実は相互に密接な関係があるため,それを分割して逮捕・勾留することを認めると,捜査の重複を招き,実質上逮捕・勾留の蒸し返しになる恐れが高いから,それを予防する必要があるからである。
《例外》※一罪一逮捕一勾留原則において問題となる
もっとも,上記原則の前提として,国家機関がそれらを同時に捜査・処理することが可能であることが求められている。
そこで,同時処理が不可能であった場合には,上記原則はその前提を欠くから,例外的に被疑事実の同一性を欠くとすべきである。同時処理が不可能な場合としては,A事実による勾留・保釈中にAと実体上一罪関係にあるBが行われた場合のような,同時処理が論理的に不可能な場合に限定すべきである。捜査機関にとって現実的に同時処理が困難であった場合については,それが可能であったか否かの評価は困難であるから,例外に該当しないとすべきである。
一罪一逮捕一勾留の原則
1 重複逮捕・重複勾留の禁止(同時的問題)
同一の被疑事実につき,同時に複数の逮捕・勾留を行うことはできないとする原則である。
2 再逮捕・再勾留の禁止(異時的問題)
同一の被疑事実による逮捕・勾留を繰り返すことは許されないとする原則である。刑訴法は,身体拘束期間を厳格に規律し,重要な基本権侵害である身体拘束処分の無制約な継続を認めていないからである。
ただし,被疑事実の同一性が認められても,例外的に再逮捕・再勾留が可能な場合がある。
①逮捕
形式的根拠:刑訴法199条3項は,再逮捕を予定している。
(1)第一次逮捕が適法である場合
再逮捕が一切認められないとすれば,法が予定した逮捕段階での捜査機関限りの判断による釈放(法203条1項・205条1項・204条1項)の運用が過度に厳格化してしまう。
そこで,特段の事情変更が認められる場合は,許されると考える。
例:釈放後に逃亡・罪証隠滅のおそれが新たに判明した場合
(2)第一次逮捕が違法である場合(Pが勾留せず釈放した場合)
(1)における特段の事情変更という要件は充足せず,またあらためて適法な逮捕を行うことにってフルの身体拘束が可能となってしまうと第一次逮捕時点での違法をむしろ誘発することにつながりかねない。
そこで,
・釈放時点で逮捕の要件があること
・当初の身体拘束時点からの時間制限内に勾留請求されることが見込まれること
を条件として,例外的にのみ再逮捕が許容されると考える
(3)第一次逮捕に極めて重大な手続的違法がある場合
再逮捕は一切認められない。
②勾留
逮捕に比べ長期の拘束であり,被疑者に対する基本権侵害の程度は相対的に大きい。そこで,再逮捕の場合よりも厳格に判断すべきである。
ア 特段の事情変更
「著しい事情変更があったために,再勾留を認めても,それが勾留の蒸し返しとはいえない」(川出)
→先行する勾留が期間満了による釈放で終了した場合は×
イ 総じた身体拘束期間が,法定の拘束期間の趣意に反しない合理的な限度にとどまる
「再勾留の必要性と,それにより被疑者が被る不利益とを比較衡量し,再勾留を認めることが相当であるといえる場合」(川出)
→再勾留期間は,勾留裁判官が先行する勾留の拘束期間を勘案し,残存期間を指定する
※この場合,再勾留について逮捕前置は不要か。
逮捕前置主義
1 根拠・趣旨
被疑者の勾留には,逮捕手続が先行することが原則である(逮捕前置主義,刑訴法207条1項参照)。
その趣旨は,
- 令状逮捕の場合において,身体拘束という基本権侵害処分を逮捕・勾留の二段階に分け,各段階に裁判官の審査を介在させることにより,慎重を期す
- 比較的短期の拘束である逮捕を先行させ,早期釈放の余地を残すことで,いきなり長期の身体拘束に及ぶことを回避する
の各点にある。
2 類型別事案処理
[(逮捕の被疑事実)→(勾留の被疑事実)]
① A→B
B事実につき,逮捕段階で釈放され勾留されないで済む可能性を奪うことは妥当でないから,許されない。
② A→AB
A事実については逮捕前置の要請が満たされており,A事実で勾留されることは動かない以上,被疑者が釈放される余地はない。また,B事実による逮捕を略すことは拘束期間の短期化という点で被疑者に利益である。したがって,このような勾留は許される。
③ A(違法)→A
法は,正当事由なく法定の時間制限に違反してなされた勾留請求を却下し被疑者を釈放しなければならないとしているが(法207条4項但書・206条2項),これは時間制限を超身体拘束の継続が法的根拠を欠く重大な違法状態であり,引き続く勾留請求はこの重大違法の影響を受け無効であることを理由とする。とすれば,これに匹敵するような違法がある場合には,引き続く勾留請求も違法性を帯びた無効な手続とみて,却下すべきである。
また,法は逮捕に関する準抗告の制度を提供していない(429条参照)ことから,勾留請求の段階において,これに先行する逮捕手続や被疑者の身体拘束に係る状況の適法性の審査を行うべきである。
さらに,勾留において先行手続の違法が斟酌されないとすると,逮捕段階での法軽視姿勢を誘発するおそれがある。
そもそも,逮捕が違法であれば勾留請求を認めない場合があるとすることにより,将来の違法逮捕を抑止することが可能となる。そして,どのような場合に勾留を認めないとするかは,違法逮捕抑止の必要性と,勾留を認めないことによる不利益との比較衡量によることになる。
以上から,個々の事案に応じ,「捜査機関の主観的意図,態様,被疑者の権利侵害及びその危険性の程度等を考慮して」(宮本),あるいは逮捕の基本的要件・手続を潜脱するような重大明白な違法があるときには(酒巻),これに引き続く勾留請求は,却下されるべきである。
※参照
宮本康博「逮捕前置の意義」(争点)
酒巻・刑訴