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犯行計画メモ―東京高判平20・3・27

東京高等裁判所 平成18年(う)第2725号 爆発物取締罰則違反事件 平成20年3月27日

*法教363-133〔演習刑訴・渡辺咲子〕

http://www.meijigakuin.ac.jp/~lawyers/education/img/07Watanabe.jpg

 

 

論旨は,原裁判所は,検察官が,本件各メモを「両アジトで押収したメモの存在・内容等」との立証趣旨で,捜査報告書…を「中核派が本件犯行を予告し,犯行後に自認した事実」との立証趣旨で証拠請求し,弁護人が「異議がある」又は「不同意」との意見を述べたのに,これらを証拠物(非供述証拠)として採用した上,MS実験,飛距離増大化計画,新炸薬「ハート」の開発計画,黒色火薬の製造,新型信管の製造及び大型発射薬室の開発が実在すること,中核派の構成員が本件両事件及び昭和60年の4事件を敢行したことなどを認定して,本件各メモ等をその内容の真実性を立証するために用いているから,上記訴訟手続には,刑訴法320条1項を潜脱するものとして,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある,というのである。

 

原裁判所が本件各メモを証拠として採用した経緯等は所論が指摘するとおりであり,原裁判所は,本件各メモを証拠物(非供述証拠)として採用したにとどまる。したがって,原判決が,本件各メモ等の記載内容が真実であることを前提にして,これに沿った事実を認定しているとすれば,それは刑訴法320条1項を潜脱するものではないかとの疑義が生ずるところである。

 

(1) 刑訴法320条1項の解釈

 本件各メモは,前記のとおり,中核派の非公然アジト…から,その余の多数の証拠物とともに発見・押収されたもので,その中には水溶紙のものもあり,重要な用語には暗号が用いられているなど,捜査機関への発覚防止策が講じられていたものである(押収前に水に溶かされてしまい,記載内容が判読できなくなった水溶紙メモもある。)。

 これらの発見・押収時における状態(所在位置等)及びその存在や形状のほか,暗号も解読されて明らかとなったその記載内容…も,非公然アジトに出入りしていた中核派構成員らによって本件両事件の準備や謀議が行われたことを示す痕跡であり,かけがえのない証拠価値を持つものであって,いわば動かしがたい客観的な原証拠というべきものである。

 たとえ,その作成者(供述者)が公判期日において,その記載内容に沿う供述をしたとしても,その公判供述よりは,メモの記載内容の方がはるかに高い証拠価値を有するのであり,少なくともメモをも併せて証拠とする必要性は決してなくならないのである。そして,本件各メモが本件両事件の準備や謀議の過程で作成されたものであるか否かは,その記載内容をともに押収された証拠物及び他の関係証拠から認められる本件両事件の内容等と比較検討することよって,的確に認定し得るのであって,メモの作成者(あるいは作成者と称する者)に対する証人尋問(反対尋問)によってその作成過程を吟味することには,さしたる意義は存しないのである。

 してみると,このような本件各メモの記載内容は,「作成者の公判期日における供述に代えて」これを証拠とするという性質のものではないのであって,その真実性の立証に用いる(供述証拠として使用する)ことも,刑訴法320条1項によって禁じられるものではない,すなわち,本件各メモは,その記載内容を含めて,同項の制限を受けない非伝聞証拠である,と解するのが相当である

(同項には「321条ないし328条に規定する場合を除いて」と規定されているが,例えば,同項が,被告人の身上関係を立証するためには,本籍地の市長等の証人尋問によるのを原則とし,323条1号により,これに代えて書面である戸籍謄本を証拠とすることも例外として許容しているなどと解するのは,極めて不合理であろう。321条ないし328条に規定される場合のすべてに,原則的には320条の制限が及ぶと解するのは相当でなく,また,同項の文言からして,その制限を及ぼすのが不合理と考えられる書面や伝聞的供述については,もともとこれが及んでいないと解すべきであろう。)。
 付言すると,本件各メモは,水溶紙や暗号の使用からも窺われるように,作成者である中核派構成員らにとっては,捜査機関に押収されたり,内容を解読されたりしては極めて困るものであり,同人らとしても,これらが押収され,解読されれば,自己らにとって致命的な証拠になるであろうことは,覚悟の上であったはずであるし,一般社会人の常識からしても,本件各メモのような証拠は,刑事裁判において,その記載内容を含めて十分に活用できて当然ということになるであろう。

 本件各メモの供述証拠としての証拠能力はないという所論のような法解釈は,社会通念と乖離すること甚だしいと思われる。


(2) 供述書としての証拠能力


 ちなみに,本件各メモの作成者(筆者)については,その一部が,筆跡鑑定等により,被告人,A1及びB1であると推認されるが,その余は中核派構成員の誰であるかは特定されていない。しかも,被告人ら3名とも自らが作成者であることを強く否定しているし,他に作成者であると名乗り出ている者もいない。したがって,本件各メモについては,作成者の証人尋問(被告人質問を含む)は不可能である。

 被告人作成のメモについては,これが任意に作成されたことに全く疑いはなく,虚偽を記載するような情況下で作成されたものとも認められないので,被告人の供述書として同法322条1項により証拠能力を認めることが可能であるし,被告人以外の者が作成したメモについても,作成の任意性や特信情況に問題はなく,作成者の証言が得られないのであるから,同法321条1項3号によりその証拠能力を認める余地もありそうである。

 しかし,本件各メモを「供述書」とみるのは,いかにも不自然であり,これらはその記載内容を含めて,本件両事件がその作成者らを含む中核派構成員による組織的犯行であること及びその作成者らが本件両事件(その準備・謀議過程を含む)に加担したことを雄弁に物語る,動かしがたい客観的な原証拠とみるべきであって,その証拠能力については,やはり上記(1)のように解すべきものと思われる。

 

(3) 非伝聞や伝聞例外とする他の解釈論

 本件各メモについては,包括的に同法320条1項の制限を受けない非伝聞証拠であるとの上記(1)のような解釈をさておくとしても,以下のような解釈ができるのである。


 (a) 心の状態を述べる供述

 本件各メモを,その作成者が,記載された内容の認識,意図,計画,決意を有していたことを認定するために用いる場合には,「知覚,記憶,表現,叙述」という通常の供述過程のうちの「知覚,記憶」の過程を欠く,いわゆる「心の状態を述べる供述」として,伝聞証拠には当たらない(非伝聞証拠である)と解するのが相当である。

 なぜならば,このような供述については,その真摯性が問題となるにすぎず,供述者(メモ作成者)が被告人以外の者である場合でも,反対尋問によるチェックが不可欠とはいえないからである。


 (b) 共犯者間の意思連絡の内容の証明
   共謀者間の意思連絡に用いられたと認められるもの(後記第4の三3の報告書形式のものがその典型)については,共謀者間でその記載内容のとおりの意思連絡がなされたことを証明するには,その記載の存在だけで十分であって,そのような証拠として,共謀者間の共謀の成立過程の認定にも当然に用い得るのである(この場合も非伝聞証拠である)。


 (c) 刑訴法323条3号に該当する書面
 MS実験等の過去の経験的事実を記載したメモは,同法323条3号により証拠能力を有すると解されるので,これによってその記載のとおりの経験的事実(MS実験等)の存在を認定することも許されるのである。

 なぜならば,これらのメモは,MS実験等に立ち会った被告人らが,当時における観察や計測の結果をその都度メモし,作成者において,複数人のそのような走り書きのメモを集約するなどして作成されたものと推認され,供述過程のうちの「記憶」の点の誤りはほとんど考えられない上,悪事の実行に向けて継続的に作成されており,不正確な記載がなされれば悪事の遂行に支障を来すのであるから,同条2号の「業務の通常の過程において作成された書面」に匹敵する程度の高度の信用性を有する書面と評価できるからである。

 なお,MS実験に関するメモには,上記のような走り書きメモを整理する過程のほかに,他のメモを転写したり,参酌するなどして,とりまとめる過程が加わっていると思われる内容のものも存するが,商業帳簿でも転写等の過程は含まれるものが多いのであって,このようなメモについても同様に解してよい