正当防衛の論点
急迫性
「急迫」とは、法益の侵害が間近に押し迫つたことすなわち法益侵害の危険が緊迫したことを意味するのであって、被害の現在性を意味するものではない(最判S24・8・18刑集3-9-1465)。現に被害にあうのを待たねばならない道理はないからである。
〈類型〉
① 単なる予期
② 予期に加え,積極的加害意思
①について:
最判S46・11・16によれば,刑法36条にいう「急迫」とは、法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫つていることを意味し、その侵害があらかじめ予期されていたものであるとしても、そのことからただちに急迫性を失うものと解すべきではない。単なる予期があるにとどまる場合に,不正に譲歩する必要はないからである。なお,予期を上回る侵害があった場合,及び漠然とした予期があった場合は,当該侵害に対する予期そのものがなかったといえる。
②について:
最決S52・7・21は,単に予期された侵害を避けなかつたというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件を充たさないものと解するのが相当であるとする。
事例処理に当たっては,行為者と相手方の従前の関係、侵害の予期の程度、行為者の反撃の準備の状況、侵害に臨んだ状況、相手方が攻撃に至るまでの経緯、反撃の態様等の客観的事情を総合して認定する。
防衛の意思
「防衛するため」という条文上の文言があり,また行為の社会的相当性を判断するためには行為者の主観も考慮入れるべきであるから,防衛の意思が正当防衛の要件として要求される。
内容としては,侵害の認識+侵害に対応する意思で足りる。防衛行為は事の性質上,興奮・逆上して反射的になされることが多く,積極的な防衛の動機までは要求すべきではないからである。
防衛の意思の有無の判断は,相手方や行為者の言動などの外部的事情から、「専ら攻撃の意思」かどうか推認することによって行う(最判S60・9・12)。
防衛の意思が肯定される場合
- 相手の加害行為に対し憤激または逆上して反撃を加えたからといつて、ただちに防衛の意思は欠けない(最判昭46・11・16)
- 防衛の意思と攻撃の意思とが併存している場合の行為は、防衛の意思を欠くものではないので、これを正当防衛のための行為と評価することができる(最判昭50・11・28)
防衛の意思が否定される場合
- かねてから被告人が被害者に対し憎悪の念をもち攻撃を受けたのに乗じ積極的な加害行為に出たなどの特別な事情が認められる場合(最判昭46・11・16)
- 防衛に名を借りて侵害者に対し積極的に攻撃を加える行為(最判昭50・11・28)
急迫性の否定要素としての「積極的加害意思」が,反撃に及ぶ以前の意思を問題とするのに対し,防衛の意思の否定要素としての「積極的加害意思」は,反撃行為時に初めて生じた加害意思を問題とする。
自招侵害
最決平20・5・20
被告人は,Aから攻撃されるに先立ち,A に対して暴行を加えているのであって,Aの攻撃は,被告人の暴行に触発された、その直後における近接した場所での一連,一体の事態ということができ,被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから,Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては,被告人の本件傷害行為は,被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないというべきであり、正当防衛の成立は否定される
最決平20では,侵害の予期はなく,また防衛の意思の否定も困難であった。そこで,本決定における正当防衛否定の法律構成が問題となるが,「急迫性」や「防衛の意思」といった個別の正当防衛成立要件についてのあてはめを行ったのではなく,「反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為」性,すなわち緊急行為性についての検討を行ったとみられる。
その有無の検討にあたっては,①違法行為による侵害の招致(不正の行為,直後,近接,一連一体),②先行行為と侵害との緩やかな均衡(攻撃が暴行の程度を大きく超えるものではない)が考慮されることになる。
※言葉による自招侵害
最決平20.5.20の射程は及ばない。
- (正当防衛肯定説)
○ 相互闘争行為とはいえない
→ 侵害の予期と積極的加害意思があれば,急迫性否定(山口)
○ 行為の相当性で考慮(遠藤)
- (正当防衛否定説)
○ 侵害回避義務論(栃木,神戸地H26.12.16参照)
→ 先行行為が侵害行為を直接惹起したと認められる関係があり,かつ侵害行為が予想される範囲内なら回避義務があり,急迫性否定
○ 自招行為は暴行に限定する必要はない(林)
相当性
① 侵害排除効果
侵害者からの攻撃を防止するために必要であること
② 必要最小限度性
選択された防衛手段の内容が侵害者からの攻撃の緩急や強弱に対応したものであること
③ 緩やかな均衡
防衛しようとした法益と侵害した法益とが著しく均衡を失していないこと
★事前判断
★武器対等原則の実質的適用
量的過剰防衛
侵害の継続性アプローチ
Ⅰ:侵害現在時
Ⅱ:侵害終了後
Ⅱへの移行の有無判断基準として,最判平9・6・16は,①加害の意欲,②再度の攻撃に及ぶ可能性を示す(被害者は手すり外側に上半身を乗り出したが、なおも鉄パイプを握っていた→侵害終了せず)。なお,侵害の始期の場合、濫用のおそれ防止の観点があるが、終期の場合は既に平穏阻害状況があるため、緩やかに継続を肯定できる。
また,高松高判H12・10・19は,財物奪取行為が既遂に達しても、占有がいまだ確固たるものになっていなければ、不法の奪い取られつつある事態はなお進行中であり、急迫不正の侵害も継続中であったとする。ここから,侵害が犯罪である場合には,それが既遂に達した後においてもなおⅠの段階にとどまると評価しうることになる。
防衛行為の一体性アプローチ
Ⅱの段階に至っていても,Ⅰの段階で開始された防衛行為とⅡの段階でなお継続した防衛行為を一個の行為とみることができるならば,ⅠとⅡにわたって行われた行為を一個の過剰な防衛行為として,量的過剰による刑の減免をなしうる。
行為の一個性は,侵害終了後の行為が防衛行為の余勢に駆られた行為といえるかどうか(責任減少と評価しうる心理状態の継続性)に着目して判断する。具体的には,侵害に対する対抗行為と反撃行為の時間的・場所的接着性、手段の同一性、心理状態の継続等を考慮して決する。
断絶の例:
- 【最決H20・6・25】
〔第2暴行の評価〕転倒した甲が更なる侵害行為に出る可能性がないことを認識(侵害終了の認識=侵害対応意思としての防衛の意思不存在)したうえで、専ら攻撃の意思(=積極的加害意思)に基づき第2暴行に及んでおり、第2暴行は正当防衛の要件を満たさない。
〔第1暴行との分断〕両暴行は,①時間的,場所的には連続しているものの,甲による②侵害の継続性及び被告人の防衛の意思の有無という点で明らかに性質を異にし,③相当に激しい態様の第2暴行に及んでいることにもかんがみると,その間には断絶がある。
→①:一体的評価の前提は満たす(客観的連続性)
②③:第2暴行における積極的加害意思(主観的連続性)
一体評価の例:
- 【最決H21・2・24】
被告人が被害者に対して加えた暴行は,急迫不正の侵害に対する一連一体のもの(客観的一体性)であり、同一の防衛の意思(主観面での連続性)に基づく1個の行為と認めることができるから,全体的に考察して1個の過剰防衛が成立する。
もっとも,最決平21は,一体評価を行うことにより,分断評価すれば正当防衛として正当化された傷害の結果を,違法と評価していることになる。
そこで,処断刑レベルでの被告人にとっての有利性を考え,
- (1)構成要件レベル:分断して検討
- (2)違法性阻却レベル:分断したそれぞれの行為につき違法性阻却を検討
- (3)過剰防衛認定レベル:客観的連続性・主観的連続性の検討により一体性が認定された場合であっても,処断刑をみて被告人に不利な場合(犯罪成立が否定される行為が一体的評価により違法性を帯びることになる場合)には,一体的評価を行わない。
という処理を行うことが考えられる。
*大塚・LS演習46頁