コム朝日記

廉価食パンについての哲学

生命保険担保貸付

Q.私(X)が加入している生命保険会社の契約者貸付制度に基づいて,Yが私の代理人と称して勝手に貸付けを受けてしまいました。私の保険金・解約返戻金支払請求権は消滅してしまうのでしょうか?

 契約者貸付制度に基づく貸付が,478条の「弁済」に該当すると考えれば,同条の他の要件が満たされた場合,貸付は生命保険会社の債権の準占有者に対する弁済として有効となり,契約者の保険金・解約返戻金支払請求権が消滅してしまうことになります。
 478条は,債務者の債権者に対する債務不履行責任の負担を逃れさせるために,債権者の外観を有する者に対する弁済を一定の要件のもとで有効と扱い,債務者を保護すること趣旨とする規定と考えられます。したがって,同条の「弁済」は,債務者が債権者に対して元来負っていた履行を拒むことができない債務の弁済を指すと考えることが妥当です。すなわち,もともと負っていた金銭の返還債務を超えた,新たな与信に至る行為は,債務者にとって本来の契約上の義務に含まれない行為ですから,その行為を行わなくとも本来の債務の不履行責任を負うことにはなりません。よって,このような行為を「弁済」と評価することはできず,478条の適用はないと考えられます。
 生命保険の保険金・解約返戻金と貸付の元利金が差し引きされることが予定された契約者貸付制度においては,貸付行為はたしかに保険金等の前倒しの支払いとして「弁済」にあたるとも考えられます。しかし,将来における差し引きが予定されるところの保険金等の原資となる保険料は,貸付時以降も保険契約者が支払い続けるものです。このことからすれば,生命保険会社は,未だ原資が確保されていない保険金等を担保的に扱い,貸付を行っていることになります。つまり,貸付額に対応する額が保険料として確保されていないのであれば,貸付額に足りない部分について,生命保険会社は保険契約者に対して与信を行っていることになるのです。
 このことをふまえると,契約者貸付制度による保険契約者に対する貸付けは,新たな与信に至る行為であるといえ,生命保険会社にとっての本来の契約上の義務に含まれない行為といえますので,478条の「弁済」には当たらないと考えられます。
 以上より,Yが貸付を受けたことによりXさんの保険金等支払請求権が消滅することにはなりません。※以上は初発の起案です。

 

Q.判例は,どのように考えていますか?

 最判平9・4・24は次のように判示しています。

原審の適法に確定したところによれば、本件生命保険契約の約款には、保険契約者は被上告人から解約返戻金の九割の範囲内の金額の貸付けを受けることができ、保険金又は解約返戻金の支払の際に右貸付金の元利金が差し引かれる旨の定めがあり、本件貸付けは、このようないわゆる契約者貸付制度に基づいて行われたものである。

右のような貸付けは、約款上の義務の履行として行われる上、貸付金額が解約返戻金の範囲内に限定され、保険金等の支払の際に元利金が差引計算されることにかんがみれば、その経済的実質において、保険金又は解約返戻金の前払と同視することができる

そうすると、険会社が、右のような制度に基づいて保険契約者の代理人と称する者の申し込みによる貸付を実行した場合において、右の者を保険契約者の代理人と認定するにつき相当の注意義務を尽くしたときは、保険会社は、民法四七八条の類推適用により、保険契約者に対し、右貸付けの効力を主張することができるものと解するのが相当である。

※原文は改行していません。

 同判決についての保険法判例百選96事件解説(山田剛志教授)は,「保険契約者貸付に対し民法478 条にいう「弁済」の適用があるかについて,前払説の立場からは貸付は解約返戻金の前払という一種の弁済と説明できるので,民法478条の適用もしくは軽微な類推適用が可能となろう」としたうえで,しかし「保険契約者貸付を純粋な前払と理解することには,種々の異論があり,貸付という側面も無視できないため民法478条を直接適用することは困難である」と指摘します。そこで,同判決では,預金担保貸付における民法478条の類推適用による処理の手法を援用し,「保険契約者貸付についても民法478条を類推適用し,貸付申込者を権利者ないし代理人と善意無過失で信じた保険者を保護するという法理」が採用されていると説明されます。
 同判決の論理の説明として,山田教授は「貸付という形式はあるにせよ,前述のとおり,返済期日が未定であること,保険金支払の際に元利金が相殺されること等に鑑みると,貸付が保険契約者と保険者の間に成立していることを認め,「保険金又は解約返戻金の前払と同視する」という判示を前提に,民法478 条を類推適用することは可能であろう」と指摘されます。