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コム朝日記

廉価食パンについての哲学

平8民1 危険負担,債権侵害,物上代位,代償請求 <未完>

法学 旧司法試験 民法

〔旧司法試験平成8年民法第1問〕

 Aは、Bに対する債務を担保するため、自己所有の甲建物に抵当権を設定し、その旨の登記を経由した。その後、Aは、Cに甲建物を売却したが、Cへの所有権移転登記を経由する前に、Dの放火により甲建物が全焼した。

 この場合に、A、B及びCは、それぞれDに対して損害賠償を請求することができるか
 AがDに対して損害賠償を請求することができるとした場合、AのDに対する損害賠償請求権又はDがAに支払った損害賠償をめぐるB及びCの法律関係はどうなるか。

 

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(貞友民法の図)

 

Q.AC間で甲の所有権は移転しているのでしょうか?

 176条に依拠して債権合意によって所有権が移転するという考え方(意思主義)を採用すると,所有権はCに移転していることになります。

 

Q.Cに所有権が移転していると考える場合,Aにどのような「損害」が発生していると考えることができますか?

 Cに所有権が移転していると考える以上,「Aの所有権が侵害された」という意味での「損害」を認めることはできません。そこで,Cとの売買契約関係に着目して,Aに何か損害が生じていないかを考えてみます。

 甲の売買は「特定物に関する物権の…移転を双務契約の目的とした場合」にあたりますから,Dの放火という「債務者の責めに帰することができない事由」でありかつ「債権者の責めに帰すべき」(536条2項)でない事由によって目的物である甲が滅失しているので,その滅失は債権者Cの負担に帰することになります(534条1項)。この条文を素直に適用すると,Cは甲を給付してもらえないにもかかわらず,Aに対し代金を支払わなければならないのです。このとき,AはCから代金を支払ってもらえるため,一見,Aに損害があるとは思えません。しかし,たしかに法律上はCに対して代金の支払いを請求できるものの,甲が燃えてしまったのにCが素直に代金を払ってくれるということは事実上想定しがたいといえます。そうすると,Aとしては,Cに対して法律上有する代金債権を実現するために,費用をかけて裁判をすることになります。ここで,甲が燃えてしまったがために余分に生ずることとなった裁判費用が,Aにとっての「損害」であるということができます。

 一方で,534条1項の危険負担の債権者主義を制限的に解釈した場合,本件において,AがCに対し甲を既に引き渡していたり,代金を既に受け取っていたりしているという事情がある場合に限って,危険がCに移転することになります。すなわち,これらの事情がない場合には,甲が滅失してもCは代金を支払う必要はありません。このとき,本来Cに対して請求できたはずの売買代金債権が,甲の滅失及び危険負担の債務者主義の適用によって消滅してしまったという「損害」が,Aに生じているということができます。

 

Q.Aの認められる「損害」について,Dに不法行為に基づく賠償責任を負わせるうえで問題となる点はありますか?

 Aに「損害」が認められていても,不法行為責任の成立には,加害行為が故意・過失に基づくことが必要となります。

 そして,Aに生じた損害は,代金債権の実現が困難になった,あるいは代金債権が消滅してしまったという,いずれもいわゆる「債権侵害」の結果であるといえます。債権侵害を理由とする不法行為については,債権の存在は第三者が認識することが困難であることから,加害者が債権の存在を認識していなかったがゆえに,故意・過失の要件を満たさないということが容易に想定されます。

 本件においても,Dの,AのCに対する売買代金債権の侵害を理由とする不法行為責任を認めるためには,Dにおいてその債権の存在を認識していたことが必要となります。したがって,Dにそのような認識がない場合(通常は認識がないと思われます),Dの不法行為責任は認められないことになります。

 

Q.Cに所有権が移転していると考える場合,Cにどんな「損害」が発生していると考えることができますか?

 Cに所有権が移転していると考える場合,CはDの放火によって甲の所有権を侵害されたことになり,甲の時価相当額+得べかりし利益の損害を被っていることになります。

 なお,AC間の危険負担について,Cが危険を負担する(CがAに代金を支払う)という考え方を採ったとしても,このときに支払う代金は所有権移転の対価としてのものであるため,所有権侵害に加えて代金分を損害として構成することはできません。

 

Q.Aの債権侵害に基づく損害賠償請求(Aが危険を負担するとした場合)と,Cの所有権侵害に基づく損賠賠償請求とは,どのような関係に立つのでしょうか?

 Aの損害賠償請求は「甲の対価たる代金を支払ってもらえなくなった」,Cの損害賠償請求は「甲の所有権を侵害された」というものであって,両者は「対価なく甲を失った」という点で共通しています。したがって,これらは内容こそ違えど,「対価なく甲を失った」という一つの現象についての損害賠償請求であるため,Dに二重払いを強いることはできません。そこで,これらは不真正連帯債権の関係にあるとすべきです。

 ただし,DがACのいずれかに支払った場合においても,それによって実現されるのは「対価なく甲を失った」という状態のひとまずの治癒にとどまります。すなわち,支払いを受けられなかった一方については,何ら損害が賠償されたことになっていないのです。ここで,支払いを受けられた者と受けられなかった者との間における公平を実現するための利益調整が必要となります。

 ここでは,支払いを受けられなかった者が,支払いを受けた者に対して,代償請求権を行使することが考えられます。代償請求権は,〈要件〉①ある債務が債務者の帰責事由なく履行不能になったとき,②履行不能の原因と同一の原因によって,③債務者が履行不能となった債務の目的物の代償と考えられる利益を取得した場合,〈効果〉債権者が債務者に対し,その履行不能により債権者が被った損害額を限度として,③の利益を償還することを請求できる,というものです。本件では,①AのCに対する甲の引渡債務が履行不能となっており,②Dの放火による甲の滅失という引渡債務の履行不能原因と同一の原因によって,③(ア)Cは所有権侵害についての損害賠償請求権,(イ)Aは債権侵害についての損害賠償請求権を取得しています。そして,ACのいずれかがその弁済を受けた場合には,「履行不能となった債務の目的物の代償と考えられる利益を取得した」といえることになります。

 DがCに支払った場合を考えます。このとき,一方でAは放火による甲の滅失という原因により代金請求権が消滅したことについての損害賠償債権を取得しつつもその満足を受けられず,他方で同一の原因によりCは代金債務を免れるとともに所有権侵害についての損害賠償請求権を取得し,その支払いを得ています。この場合,公平の観念に基づき,Aは,代金債権消滅によって被った損害の限度において,Cに対して当該金銭の償還を請求できると考えるべきです(代償請求権)。ここでは,Cの有していた利益は,Dとの関係では不法行為に基づく損害賠償請求権という法律上の原因に基づくものであったといえますが,Aとの関係では公平の観点から利益保持につき法律上の原因を欠くとして,不当利得に基づく返還請求という法律構成により償還を請求するものと考えられます

  DがAに支払った場合を考えます。このとき,一方でAは放火による甲の滅失という原因により代金請求権が消滅したことについての損害賠償債権を取得しその満足を受け,他方で同一の原因によりCは代金債務を免れるとともに所有権侵害による損害賠償請求権を取得するも,その支払いを受けられていません。