情況証拠による犯罪事実の認定
Q.情況証拠を総合して犯罪事実を認定する場合の立証の程度としては,どのようなものが求められるのでしょうか?
最判平22・4・27(大阪母子殺害事件)は,次のように判示しています。
刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要であるところ,情況証拠によって事実認定をすべき場合であっても,直接証拠によって事実認定をする場合と比べて立証の程度に差があるわけではないが(最高裁平成19年(あ)第398号同年10月16日第一小法廷決定・刑集61巻7号677頁参照),直接証拠がないのであるから,情況証拠によって認められる間接事実中に,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである。
情況証拠を総合して被告人の犯人性の認定を行う場合,次の二つのアプローチが考えられます。すなわち,①被告人が犯人であることを前提とすれば矛盾なく説明できる事実関係が存在すること,また②被告人が犯人でないとすれば合理的に説明できない(あるいは少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が存在すること,の二つです。
有罪認定の立証の程度についての一般的な基準は「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証」がなされているか否か,というものです。上記最判は,一般的基準から一歩進んで,情況証拠によって事実認定を行う場合の具体的基準を述べたように見えます。
しかし,平成22年重判刑訴5解説(中川武隆教授)は,「有罪認定のための新たな基準を定立したものではなく,事実認定判断の際の視点の置き方について注意を喚起しようとしたものではないかと考えられる」とのコメント(判時2080 号137 頁)がある。本判決は,判例集でも,事例判例とされているところ,今まで述べてきたことからすると,やはり,下線部分を基準と捉えない方がよいと思われる。事実審裁判所としては,間接事実の総合の場面において,斎藤論文も指摘するとおり,一切の論理則,経
験則に違反していないかを慎重に検討するという基本的態度をとるしかないと思われる」と説明され,具体的基準の定立とみることに疑問を呈されます。